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は- | 不幸 | 自分の幸せに気づけない事 | ||
先日後輩が、京都の龍安寺にある「知足のつくばい」の話を持ち出した。 水戸黄門こと徳川光圀が寄進した物と言われているが そこには以下の様な禅の言葉が刻まれている 「吾唯足知(われただたるをしる)」 …と。 全て「口」という部首を含んでいる事も興味深い。 「口にしたたり落ちる水、それだけでわたしは満足だ」 自分は満ち足りている(恵まれている)と感じている人は、 実際の生活は貧しくても精神的には富んでいる。 という意味で。 以前私も師に教えてもらい、考えさせられた熟語である。 後輩はこの言葉を大切に受け止め、 つくばいの写真をPCのデスクトップに掲げているという…。 食べられない人や、ハンデを背負った人…etc、 されどそんな境遇にありながらも 自分を幸せだと信じている人達の気持ちを理解しようと努力した事がある。 しかし私にはそれができなかった。 そして、理解できない「無力」な自分を思い知った。 そんな時も、私は自分の「どん底、0(ゼロ)」をかいま見ることができた。 あくまで極論を言えば、盲目の人の気持ちを理解したくても、自分の目をつぶしてみたり 足のなくした人の気持ちを理解したくても、自分の脚を折ることはできないという事だ。 けど、そんな自分にとってのマイナスを彼らはマイナスには感じていないのだから… この世に生まれ、自分の器が決定した時点で、マイナスはありえないのだ… 大切なことは、自分より恵まれていない人たちの気持ちを理解できなくとも その存在を忘れちゃいけないという事である。 自分に与えられた幸せに感謝して、その生を、精一杯、元気良く全うしてゆくことが 私に直面する大きな課題なのである。 |
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本物 | 「本物」のヒーロー | |||
-- | あの人の様に なりたかった。 誰もが認める本物だったから… 映画のスタイルをまねたり、技術書、哲学書を読んだり… 色々試したが あの人は、知れば知る程、近付こうとすればする程 遙か先へ遠のく存在に感じた。 小さい頃、お祭りの出店にズラリと掛けられた、ウルトラマンのお面を買ってもらい それを付けながら 「スペシウム光線!」…なんて、必死でその気になってみたが 結局空を飛ぶ事はできなかった・笑 昔も今も変わってないんだなぁ…。 周囲を見渡せば、皆が流行を追っている。 誰もが本物なのに、偽物になろうと必死である。 悲しいかな、人間というものは、表面的な物に踊らされてしまう。 日和見的に状況に流されやすい動物だ。 どうやら自分もその内の一人だった様だ。 お面を付けながら、無理して背伸びをしたって、結局は自分の首を絞めてしまう… 模倣する事、これはとても重要だと思う。 しかし学んだスタイルを咀嚼して、自分の顔、ルーツから創り直す事も大事だと思う。 少しでもあの人の様な、本物になりたいから…。 |
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2000年 11月 | ||||
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